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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 674|676|681

『夢粱録 南宋臨安繁昌記1、2、3』(呉自牧著、梅原郁訳注)

2016/12/01
アイコン画像    資料の網羅に徹した全20巻の労作
南宋臨安の繁栄ぶりがわかる!?

 まずは訳者の告白から。


 〈このたび訳注をやってみて、本書二十巻を本当に通読した人は、過去五、六百年の間何人いたろうかという思いが頭をよぎらざるを得なかった〉


 馬鹿正直と言いますか、何と言いますか……。〈読む価値がない〉のではなく、〈極めて読みづらい部分をあまりに多く含む〉から、とフォローにもならない言葉を続けているのですが、そうまで言うなら、Mっ気のある私は、挑まぬわけにはいきません。

 読みましたよ、『夢粱録 南宋臨安繁昌記』全3巻(原本20巻)。舞台は1200年代末期の南宋の首都・臨安。書評の世界では、「いろいろ調べたりがんばっているし、何しろ分厚いなぁ」という本を“労作”と評してお茶を濁すのですが、本書はまあ……労作です。

 巻一から六までは歳時記。巻七から一二までは建物などの記述。ようやく巻一三で「市」が活写されます。ただし町の賑わいや人々の様子というよりは、資料に徹している。巻一四で「神」が登場したぞ、と思ったら、語られるのは専ら祠について。巻一五は学校や寺……。

 風俗資料であっても面白い資料は、やはり“人”が描かれています。巻一六の店のくだりで、待ってました! 「酒肆」という酒飲み屋には〈妓女〉がいるのですが、これがクセ者。


 〈もし妓女をよべば、彼女たちが珍しい、上等な食物を注文し、値段を高くはねあげてしまう。ただ慣れた者だけが、その計略にひっかからない〉


 現代のキャバ嬢やホステスとまったく変わりません。というより、著者の呉自牧、妓女にやられましたな。

 巻一七になると、歴史上の人物。巻一八で物産や草木を列挙します。巻一九では、食客(間人)のくだりが面白かったですね。で、最終二〇巻は結婚の作法と子育て。

 南宋臨安の繁昌ぶり、賑やかさが、本から立ち現れてくるかといえば、いささか疑問ではありますが(訳者に言わせれば、どの記述にも何かしらのタネ本があるそうですが)、それでもね、この網羅一辺倒の記述、私は嫌いじゃありません。網羅に徹してくれたからこそ、立派な資料となるのです。

 それに酒絡みの話では、〈妓女〉のように、結構、作者の本音が顔を覗かせるんですよね。これがまたオツです。こいつ、きっと酒の失敗が多いな。



本を読む

『夢粱録 南宋臨安繁昌記1、2、3』(呉自牧著、梅原郁訳注)
今週のカルテ
ジャンル風俗
時代 ・ 舞台中国/南宋末期
読後に一言読み終えた、という満足感に浸りました。
効用資料性は……あります。
印象深い一節

名言
豊かに富んだ城市や庭園、風俗や人物の繁盛などが、いつまでも昔の通りであるなどと保証できようか。(序)
類書本書の範となった『東京夢華録』(東洋文庫598)
清代末の歳時記『燕京歳時記』(東洋文庫83)
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