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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 303

『江戸参府旅行日記』(ケンペル著、斎藤信訳)

2016/07/28
アイコン画像    ドイツ人博物学者が見た
詩人も喩えられない“富士山”

 3年前に当コラムで、「外国人が見た富士山」をテーマにしたことがありますが(2013/06/20『日本事物誌1、2』)、先日も、昭和初期に日本に滞在したキャサリン・サンソム女史の著書に、富士山絶賛の箇所を見つけました。


 〈……見た瞬間、心臓が止まってしまいました。それほど美しいのです。富士山が日本人の想像力と美的感受性に強い影響を与えている理由がよくわかります〉(『東京に暮す』岩波文庫)


 なぜそこまで、富士山は特別視されるのでしょうか。

 その理由のひとつ――科学者の目で富士山を称えている文章を東洋文庫の中に見つけました。


 〈その姿は円錐形で左右の形が等しく、堂々としていて、草や木は全く生えていないが、世界中でいちばん美しい山と言うのは当然である〉


 なるほど腑に落ちる分析です。分析の主は、〈ドイツの博物学者、医師〉のケンペル(1651~1716)。〈元禄3年(1690)長崎出島のオランダ商館長付医師として赴任。約2年間の滞日中に2回江戸参府に随行〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)した人物です。この参府の際、〈旅行で重要と思われたことを、私はこの本に毎日順を追って記そうと思う〉とできあがったのが、本書『江戸参府旅行日記』です。

 私のような文系の人間からすると、本書の冷静な筆致には驚かされます。観察、分析がきっちりしています。


 〈この国の街道には毎日信じられないほどの人間がおり、二、三の季節には住民の多いヨーロッパの都市の街路と同じくらいの人が街道に溢れている〉


 で、そのケンペルは道中、富士を称えたわけですが、こんな一文を最後に残しています。


 〈日本の詩人や画家がこの山の美しさをいくらほめたたえ、うまく描いても、それで十分ということはない〉


 日本人の肩を持つ訳じゃありませんが、そんなことはない。江戸時代だって、葛飾北斎の「富嶽三十六景」。〈かたつぶりそろそろ登れ富士の山〉と詠んだのは小林一茶。……と偉そうに挙げたところで、念のため調べたら、どちらもケンペル来日以後の作品でした。いやいや芭蕉がいます。俳聖の富士の代表句。


 〈霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き〉


 あらら、よく考えたらこれも、富士の姿を写してはいませんね。ケンペルの冷静な指摘に一票。



本を読む

『江戸参府旅行日記』(ケンペル著、斎藤信訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行/伝記
時代 ・ 舞台1600年代後半、元禄期の日本
読後に一言富士山は「山開き」の真っ最中です。
効用町並みの描写も的確です。元禄期の街道沿いの様子が立ち上がってきます。
印象深い一節

名言
さだめえし旅立つ日取り良し悪しは/思い立つ日を吉日とせん
類書ケンペルが来日前に参考にした『日本大王国志』(東洋文庫90)
シーボルトの参府記録『江戸参府紀行』(東洋文庫87)
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