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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 468

『真名本 曾我物語 1』(青木晃・池田敬子・北川忠彦ほか編)

2016/05/05
アイコン画像    昔から日本中を泣かせた仇討ち
「曾我物語」を読み込む~その1

 曾我兄弟の仇討ち、あるいは曾我物――。これを知っているかどうかは日本人としての教養のリトマス試験紙だと思うのですが、薄ボンヤリとしかわかっていない生半可な私は、ジャパンナレッジの手を借りましょう。

 〈わが芸能史上最も数の多い演目をもつ史実潤色の作品群。源頼朝幕下の重臣工藤祐経に、父河津祐泰を討たれた遺子の十郎祐成・五郎時致の兄弟が、一八年目に富士の裾野の巻狩で工藤を討った事件は《曾我物語》になり、幸若舞・能・古浄瑠璃をはじめおびただしい数の演目で、特に江戸の大衆に喜ばれた〉(ジャパンナレッジ「歌舞伎事典」、「曾我物」の項)

 父・河津祐泰(助通/河津三郎)の敵(工藤祐経/宮藤助経)を十郎祐成(助成/幼名・一万)と五郎時致(時宗/幼名・筥王)が討つという史実に基づいた物語ですが、母が2人の子に言い聞かせる名シーンから。


 〈これら二人をば、母の左右の膝に随ひ(引きよせ)て泣く泣く、「己ら諦かに(確かに)聴け。腹の内なる子だにも、母の云ふ事を聞き悟りて、親の敵をば討つぞよ。(中略)未だ弐拾にならざらむその前に、助経が首を取て我に見せよ」〉

 妊娠中の母は、5歳の兄、3歳の弟、そしてお腹の中の末弟に切々と涙ながらに言い聞かせるわけです。

 ところが、状況が一変します。母は曾我太郎祐信(助信)と再婚せざるを得なくなり、敵討ちなどもってのほか、ということになります。しかしここで「はいそうですか」と納得してしまったら物語になりません。十郎・五郎の二人の兄弟は、ある月夜の晩、5羽仲よく飛ぶ雁を見て、呟きます。


 〈五つ列れた列れたる鳥の中に、一つは父、一つは母、残りの三つは子共にててぞあるらむ。されば、物を云はぬ畜生そら(すら)かくの如し〉


 鳥ですら5羽で連れ立って飛ぶ。それなのに自分たちは……。仇討ち決意の瞬間です。さあ二人の今後は!?

 と、唐突に曾我兄弟の話を始めたのは、建久4年(1193)5月28日に仇討ちがなったから。歌舞伎でも、〈初春狂言が成功し、五月まで興行が継続した時〉、〈芝居の守護神として楽屋に祀っていた曾我荒人神〉のお祭を、〈曾我兄弟の討入の五月二八日に催した〉そうです(同「歌舞伎事典」、「曾我祭」の項)。このコラムも、次回でちょうど300回。歌舞伎に倣って、曾我荒人神に感謝した次第。というわけで次回も『真名本 曾我物語』を取り上げます。



本を読む

『真名本 曾我物語 1』(青木晃・池田敬子・北川忠彦ほか編)
今週のカルテ
ジャンル文学/歴史
成立した年代 ・ 舞台14世紀後半・日本
読後に一言ジャパンナレッジの「新編 日本古典文学全集」には、訓読本(大石寺本)の「曾我物語」が収録されています。東洋文庫の「真名本」と読み比べてみては?
効用日本人のパーソナリティを形作った物語ではないでしょうか。
印象深い一節

名言
世の中にありふる人の果て見ればただ一すぢの煙なりけり(世に永らえ来たったいかなる人でも、その末路はただ一筋に立ちのぼる煙の如きはかなさであるよ)
類書幸若舞の「夜討曾我」を収録『幸若舞 3』(東洋文庫426)
「曾我物」の受容のされ方がわかる『増訂 武江年表(全2巻)』(東洋文庫116、118)
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