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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 111

『日本雑事詩』(黄遵憲著、実藤恵秀・豊田穣訳)

2015/12/17
アイコン画像    「廃藩置県」も「貨幣」も「電報」も
明治日本の風俗を“漢詩”で表現する

 〈聞くならく 和銅始めて紀年と
 近来また学ぶ 仏頭銭
 双双竜鳳(そうそうりゅうほう) 新様を描き
 片紙(へんし)分明(ぶんめい)なり 金一円〉


 漢詩ということはおわかりでしょうが、これ、何についての詩かおわかりでしょうか。答えは「貨幣」。本書『日本雑事詩』は、漢詩集という括りなのですが、うたわれているのは、廃藩置県、太陽暦、勲章、印紙、統計表、キリスト教、三々九度、医術、電報……というおよそ詩にならないような類のもので、その数200篇超。くだんの「貨幣」はその中のひとつというわけです。

 本書著者の黄遵憲(1848~1905)は、〈明治10年清の初代駐日公使の書記官として来日〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)した外交官で、〈清末詩界革命の第一人者〉(同「世界文学大事典」)と称された詩人でもあります。4年あまりの日本滞在をもとに、いわば明治日本の風俗を、漢詩+解説文(散文)によって表現したものが本書なのです。本書が興味深い書となっているのは、黄遵憲の立ち位置です。日本を下に見るわけでもなく、上にみるわけでもなく、文化的には中国の地続きとも言える日本を、じっくりと観察しているのです。

 〈重刊の序〉で黄遵憲は言います。


 〈いまの世界万国は、日に日に文化がひらけ、日に日に見聞がひろくなってゆくために、いまは新奇な変ったものと、おどろいたことも、さらに数十年をすぎると、また古くさい普通のこと、つまらないこととして排斥するようになるかもしれない。だからこの書は先駆をするだけであって、あとから、もっとよいものが出て、用がかなえば、この書は棄て去られてもかまわない〉


 やや長い引用になりましたが、この視点は21世紀の現代にも通ずるものでしょう。私たちもまた、さまざまなものを時代の流れとともに、〈古くさい普通のこと、つまらないこと〉として捨て去って生きているのですから。その上で、〈この書は棄て去られてもかまわない〉と断言できるのが著者の強さなのです。そこには、いいものは残るという自負もあるのでしょう(現にこうして東洋文庫として残っています)。

 捨て去られようが、今、目の前にあることを興味深く観察する。この“好奇心”こそ、この書の肝であり、異文化を受け入れる参考にすべきスタイルなのでしょう。



本を読む

『日本雑事詩』(黄遵憲著、実藤恵秀・豊田穣訳)
今週のカルテ
ジャンル風俗/詩歌
時代 ・ 舞台明治時代初期の日本
読後に一言何でも漢詩にしてしまうというその試みに、「まいりました!」と頭を下げたくなりました。中国の詩人には当たり前なのかもしれませんが。
効用食べ物や衣服などの項目もあり、日本人の“生活”が伺えます。
印象深い一節

名言
西洋の法にしたがって、故(ふる)きをあらため新しきを取りいれたればこそ、日本は卓然として独立することができたのである(「定本の序」)
類書同時期の英国人による日本文化論『日本事物誌(全2巻)』(東洋文庫131、147)
日中文化人の交遊『大河内文書』(東洋文庫18)
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