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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 651

『李賀歌詩編3 北中寒』(李賀著、原田憲雄訳注)

2015/11/19
アイコン画像    立原道造と李賀の“夢”の行く先
秋の夜長に「鬼才」の詩を読む (3)

 「学問なき経験は経験なき学問にまさる」

 (Experience without learning is better than learning without experience.)


 イギリスの諺です。経験が大事だよね、という当たり前の話ですが、経験を積み重ねたことによって無くしてしまうものもあるなあ、と『李賀歌詩編3』を読んで思いました。27歳で夭折した詩人・李賀がつむぐ言葉は、それは20代だからこその感性でもあり、それはもしかしたら、20代(あるいはそれ以下)の人に、より響くのではないか、ということです。

 わたしは10代の頃、満24歳で急逝した立原道造の詩をこよなく愛しました。「のちのおもひに」という詩に、こんなフレーズがあります。


 〈夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に〉


 “夢”は帰ってしまう。この一節に私は衝撃を受けました。……実は今まですっかり忘れていたのですが、李賀の「家に帰った夢」を読んで急に思い出したのです。


 〈長安の風雨の夜/書生は昌谷を夢にみる/にこにこと母は座敷で笑っておられ……〉


 20代の詩人にとっては、夜見る夢と、思い描く夢はわかちがたいのです。そしてそれはどちらも脆く、儚い。

 家族の期待=夢に対し、応えられない李賀。


 〈ちいさな心はそれ(家族の期待)を思うとぐったりだ/魚のように眠れぬ目ともし火が照らすばかりで〉


 魚は目を閉じない。眠れないから夢も見られない、ということでしょうか。一方の立原道造の“夢”は?


 〈夢は そのさきには もうゆかない〉

 〈夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう〉


 経験を積んだ私たちは、夢は破れて当然であることをわかっていますし、夢見ることすら忘れています。いや、夢を描いたことすら忘れてしまっています。

 しかし李賀や立原道造にとっての“夢”は、抱いているにせよ、破れたにせよ、それは実感を伴って「そこ」にあったのです。「のちのおもひに」と「家に帰った夢」には、そのリアルな感覚がはっきりとあります。


 〈造化の神の心など 知ったところで意味がない/さあ飲みたまえ/へこたれなさんな〉


 李賀の「酒飲みたまえ」です。ここには「でも前に進もうぜ」という明るさがあります。李賀と立原道造、ふたりの短き命は、誰よりも明るく燃え尽きたのでした。



本を読む

『李賀歌詩編3 北中寒』(李賀著、原田憲雄訳注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌
時代 ・ 舞台800年代の中国(唐)
読後に一言鬼才・李賀シリーズはこれで最後。李賀の詩の奥深さは、とても伝えきれませんでした。
効用病気で夭折した詩人たちの言葉には、どこか、一瞬の輝きというか、そういう“明るさ”があります。
印象深い一節

名言
筆は造化の作用を補い 天に功無し(「ご来訪」)
類書江戸時代の漢詩のベストセラー『唐詩選国字解(全3巻)』(東洋文庫405ほか)
清代の漢詩のベストセラー『唐詩三百首(全3巻)』(東洋文庫239ほか)
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