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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 643

『御当代記 将軍綱吉の時代』(戸田茂睡著、塚本学校注)

2010/12/09
アイコン画像    「忠臣蔵」の赤穂事件も生類憐れみの令も、
ばっちりレポート。綱吉時代の一級品史料。

 〈三月十四日勅答、此時於御城浅野内匠頭吉良上野介(義央)ヲ一太刀切、脇より早く取おさへて二の太刀ハつがせず、浅野内匠頭は田村右京(建顕)ニ御預ケ、公家衆御馳走ハ戸田能登守(忠真)ニ被仰付候〉

 浅野内匠頭が、江戸城内の廊下にて吉良上野介に「一太刀」を浴びせる。……ご存じ、元禄赤穂事件だ。ケンカ両成敗ではなく、浅野だけ罰せられ、吉良はお咎めナシだったので、“赤穂四十七士”が討ち入りにいくのだが、それが12月14日(本当は旧暦ですが)。

 そう、『忠臣蔵』の季節がやってきました。


 前段のレポート、原文ママなので読みにくいが、それでも臨場感は伝わってくる。これは武士にして歌人の戸田茂睡による、同時代の記録。茂睡の後半生は、5代将軍綱吉の時代だ。その御代を記したから『御当代記』というわけだ。

 犬公方といわれた、綱吉の時代だ。当然、「生類憐れみの令」にも筆がおよぶ。


 〈……犬に人のおぢおそるゝ事、貴人高位の如し、うちたゝく事ハさし置て、お犬様といふ、此ゆへ、日にまし犬にもおごりつきて、人をおそれず、道中に横たハりに臥て、馬にも代八[大八車]にもおそれず……〉


 冷静に事実を記しているように見えて、その実、明らかな批判。本書は一貫して、文化人茂睡が、将軍綱吉を小馬鹿にしているのだ。

 しかしこんな現政権の批判の書、出版したら大変なことになる。というわけで秘本として子孫に伝えられたという。『御当代記』は、大正時代に歌人の佐佐木信綱が発見し、ようやく世に出たのである。

 〈歌道に古学を称(となふ)るは、此人近世の魁(さきがけ)〉(ジャパンナレッジ「東洋文庫」『近世畸人伝・続近世畸人伝』)

 茂睡は後世、歌学者として評価される一方で、解説によれば、〈自ら隠者を売物にしている〉という、森銑三らの批判もある。私はしかし、江戸時代にお上批判を書き残す、というスタンスに、賞賛の一票を投じたい。

 さらに評価すべきは、「公表しなかった」という態度だ。「書く」という行為は、自身の考えを鮮明にさせる。だからこそ「書く」。しかし「公表」は別の次元だ。書く即公表には、思考を深める作用がない。

 ツイッターなんぞをやっていながら言うのもなんですが、公表せずに、ただひたすら思考を整理し深化させるために書く、という行為こそ、今の時代、必要なのかもしれない。

本を読む

『御当代記 将軍綱吉の時代』(戸田茂睡著、塚本学校注)
今週のカルテ
ジャンル歴史/随筆
時代 ・ 舞台17世紀後半の江戸
読後に一言起こった出来事から何をどうピックアップするか。そこに「思考」のきっかけがある。
効用「日記帳」が買いたくなります。
印象深い一節

名言
君が代のながきためしハ年月に日数をそへてふるあめが下(茂睡の和歌)
類書本書著者も紹介されている『近世畸人伝・続近世畸人伝』(東洋文庫202)
茂睡の歌碑をたずね歩いた記録も載る『遊歴雑記初編1』(東洋文庫499)
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