1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
“死ぬこと”について考えてみる 2週連続「今昔物語集」Ⅲ~その2 |
70をとうに超えた私の母は、美顔器を持っています。実家にて、恭しくレースがかけられた物体を目にし、思わずめくってしまったところ、かの物体が鎮座していたのです。あぁ、母よ。あなたはいつまで現役でいるつもりなのですか。愚母と切って捨てるのは容易いのですが、違和感だけが残りました。で、『今昔物語集 8 天竺部』を読んで、ますますそれが強くなったのです。
本書には、釈迦の後半生+インドの仏教説話が収められているのですが、有名な涅槃のシーンを紹介します。
釈迦は弟子・阿難に3か月後に死ぬと告白します。その後、沙羅双樹の下、釈迦は横になり、阿難にこう告げます。
〈そなた、よく理解するがよい。私はいま涅槃に入ろうとしている。盛んな者は必ず衰え、生まれた者は必ず死ななければならないのだ〉
当たり前です。
当たり前ですが、実は、現代人(特に日本人)は、「自分は死なない」と思っているんじゃないか、そんな気さえするのです。最近の広告やCMを見れば、圧倒的多数を占めるのは美容と健康です。“長寿”というのも大きなキーワードで、長寿であることがことさら素晴らしいことであるかのように私たちは考えています。タバコは駄目、緑茶を飲むと良い……全部、長寿との絡みです。
しかしよく考えてみれば、死亡率は100%なのです。人は必ず死ぬ――ところが、これを納得するのは難しい。釈迦の母・摩耶夫人も忉利天から下り、実子の涅槃に嘆き悲しみます。すると釈迦は棺から起き上がり、母を諭します。
〈すべてのものはみなこのように無常なのです。私が涅槃に入ったことを歎き悲しんで、お泣きになってはいけません〉
「ニッポニカ」(ジャパンナレッジ)の「死」には、こうあります。
〈医学が進歩し平均寿命が長くなっても、人間はかならず死ぬものである。しかし、われわれは自分の死を直接に体験することはできない。ただ他人の死の現象を通じて、死を間接的に考察できるにすぎない〉
死を間接的に考察する――そう考えると、「お盆」は、死を考察するための時間、といえるかもしれません。お盆の供養というものは、「死について考えるきっかけをくれてありがとう」というお礼、と考えてみてもいいのではないでしょうか。
ジャンル | 説話 |
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時代 ・ 舞台 | 平安末期の日本 |
読後に一言 | 「天竺部」はこれで終わりです。「今昔物語集」は、あと「震旦部」を残すのみ。またそのうちに、お届けします。 |
効用 | 動物を主人公にした仏教説話もたくさん収録されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 仏は星の出る時にお生まれになり、星の出る時に出家なさって、星の出る時に成道(じょうどう)なさった(3-35) |
類書 | 中国からインドへの仏教の旅、その1『法顕伝・宋雲行紀』(東洋文庫194) その2『大唐西域記(全3巻)』(東洋文庫653ほか) |
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(2024年5月時点)