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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 346|361

『東海道名所記(全2巻)』(浅井了意著、朝倉治彦校注)

2015/07/16
アイコン画像    旅路とは、未知のことを知る道
江戸の東海道ガイドブック

 私が住む三浦半島には、記紀に登場する「走水」(横須賀市)という漁港があります。〈日本武尊(やまとたけるのみこと)東征の際、弟橘媛(おとたちばなひめ)が、荒れた海を鎮めるため、この地で入水した〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)という伝説のあるところです。日本武尊は走水から房総半島に渡ったのですが、なぜかといえば、かつて東海道は、〈三浦半島から房総半島へ渡る〉(同前、「東海道」の項)道だったからです。東海道は「うみつみち」とも読んだようです。古東海道のままなら、今の東京の発展はない、といえるかもしれません。

 この東海道、今から414年前の1601年、徳川幕府によって整備されました。東海道は、以後、日本の大動脈となったわけです。それだけでなく、1800年代に入ってすぐに十返舎一九のベストセラー『東海道中膝栗毛』、天保年間には歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』など、多くの素晴らしい作品が生まれました。

 こうした作品が生まれるはるか前、1600年代中頃、いち早く「東海道」を取り上げた作品があります。それが、仮名草子作者・浅井了意による『東海道名所記』です。

 挿絵も充実していて、ひと言でいえば、旅のガイドブックです。しかしそこは浅井了意。工夫があります。諸国を遍歴してきた「楽阿弥(らくあみ)」という僧侶(架空の人物)を案内役と申しますか、主人公に設定し、この楽阿弥が、世間を知らない大坂の若者を伴って、江戸から京都に行く、という設定なのです。その土地の歴史、風俗、歌などが、道すがら、紹介されていきます。

 例えば、14番目の宿場町「吉原」。


 〈こゝハ、さかなのおほき所、宿(しゅく)のとまり、尤よし〉


と紹介されます。まるで見てきたかのような記述ですが、〈季節的には、作者はその記述から夏の上洛を経験しての執筆と推定できる〉(同「国史大辞典」)そうですから、まさに今のこの時期に、浅井了意は実際に旅をして記述したというわけです。

 本書がただのガイドブックで終わらないのは、浅井了意の知性と教養によるところが大きいでしょう。この「吉原宿」では、源平の富士川の戦いを振り返り、「万葉集」の山部赤人の富士の歌を紹介し(文中表記は山辺)、徐福伝説、琵琶湖を掘った土が富士山になったという神話、竹取物語……と、出るわ、出るわ。いやあ、勉強になります。旅路とは「未知のことを知る道」なのだと、気づかされました。



本を読む

『東海道名所記(全2巻)』(浅井了意著、朝倉治彦校注)
今週のカルテ
ジャンル文学/紀行
時代 ・ 舞台1600年代中頃の江戸
読後に一言国道一号=東海道を車で走破したことはありますが、さて今度は踏破してみますか。
効用忘れてしまうから大事な物は高いところに置くな、など旅の心得も丁寧に紹介されています。実用的な旅のガイドブックとしても人気だったようです。
印象深い一節

名言
万事思ひしるものハ、旅にまさる事なし(「江戸より大磯まで」)
類書浅井了意の傑作仮名草子『伽婢子(全2巻)』(東洋文庫475、480)
ドイツ人が見た1600年代の日本『江戸参府旅行日記』(東洋文庫303)
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