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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 430

『明治日本体験記』(W.E.グリフィス著、山下英一訳)

2010/12/02
アイコン画像    明治時代にやってきたアメリカ人青年教師が
「日本」から感じとった、感動と驚き。

 「慣れ」というものは取り扱いが難しい。何事も「慣れ」たほうが力を発揮するかもしれないが、「慣れ」過ぎれば惰性になる。自分たちが間違ったことをしていても「慣れ」の中では気付かない。「慣れ」合いを好む者は、新しい環境を忌避する。もしかしたら悟りとは「慣れ」を乗り越えることなのかもしれない――。


 などと妄想を繰り広げているのは、明治初年、27歳の時に日本にやってきた、アメリカ人化学教師グリフィスの『明治日本体験記』を読んだから。実は、東洋文庫における「坂本龍馬(竜馬)」の扱われ方を調べようと検索していたら、〈(竜が)牝馬と結合して最良種の馬〔竜馬(りょうめ)〕が生まれる〉、という記述に行き当たった。「?」と思って読んでみると、文自体は馬琴の『八犬伝』の引用。「作者は?」と思って確認したらアメリカ人の青年だという。

 〈アメリカの教育者。1843年9月17日生まれ。明治3年(1870)越前(えちぜん)福井藩のまねきで来日し、藩校明新館で化学、物理学などをおしえる。5年から南校(現東大)の教授。7年帰国して牧師となり、在日中の見聞をもとに日本を紹介した〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)

 俄然、興味が湧く。最初の目論見はどうでもよくなって、本書をむさぼり読みしてしまったという次第。で、触発されて「慣れ」ということを考えてみたのである。

 なぜなら、『明治日本体験記』が非常に面白いのだ。例えばこんな筆致。東京湾に船が入ってきたシーンだ。


〈東から夜明けが陸地に暗示に富む光をいっぱいにふりまき、この日出づる国が地上で最も美しい国の一つだという信念――この国に数年住んでみて一つの信仰にまで発展した信念――にかりたてる。右に安房と上総の二つの山の多い国が横たわり、まだ眠っているけれども、美しいと思われる多くの鋸歯状の峰と谷がある〉


 決して情緒的にならず、科学的に「感動」を伝えている。これは彼が理系だから、ということだけではない。初めて目にする異国の地を――例えば、日常の生活を、ことわざや迷信を、民話や神話を、あるいは旅先での出来事を――先入観なく見つめる透徹した視線がある。この視線は、「慣れ」からは生じないものではないか? そして私たちは、この日本に、日本人でいることに、「慣れ」てはいないか? 

 とまあ、自己反省するのは私の勝手だ。それぐらい、私が中身に驚いた、ということで納得いただきたい。

本を読む

『明治日本体験記』(W.E.グリフィス著、山下英一訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行/民俗学
時代 ・ 舞台明治時代の日本
読後に一言「驚き」を忘れてしまったら、人生の大半はつまらないものになる。
効用新鮮な気持ちで、「日本」という国を眺めることができる。
印象深い一節

名言
私は旅行者にとって大きな興味の的になるものを見てきた。珍しい物事と新しい生活に目を楽しませてきたけれども、うれしい驚きは絶えることなく、いつまでも新鮮な気持が消えなかった。
類書イギリス人記者の幕末・維新の記録『ヤング・ジャパン(全3巻)』(東洋文庫156ほか)
大森貝塚の発見者モースの見た日本『日本その日その日(全3巻)』(東洋文庫171ほか)
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