1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
“出会い”をどうチャンスに変えるか。 「千夜一夜」訳者の深~いエッセイ |
フェチ、というわけではないが、私は古書のニオイが好きだ。甘い香りといったらいいだろうか。古書を手に取ると必ずニオイを嗅いでしまうのだ。傍線や書き込みのある本も意外と好きで、前の持ち主の人となり、手放した経緯などを想像しながら読んでいる。
共感はあまり得られないだろうけど、後半部分に関しては(やや我田引水だが)同意見を見つけた。
〈出版以来、一世紀半あまりというものを、どこでどのような人たちと共に過ごしたのであろうか。それが不思議な縁で、この国まで来たのである〉(「シンドバードの「航海物語」――わが愛蔵書」)
希少本を手に入れた前嶋信次氏の言である。
本書『書物と旅』は、『アラビアン・ナイト』(東洋文庫)訳者の前嶋氏のさまざまな“出会い”について書かれた著作集だ。
東洋文庫には氏の著作集(全4巻)がラインアップされているが、氏の眼差しの温かみにいつも感じ入っていた。今回、本書を読んで、その理由の一端がわかった。
〈人生の行路の上に、これまで全く面識もなかった人物が、不意にたち現われ、何の機縁か知らぬが、諄々と叱ったり、さとしたりしてくれ、そうしてこつねんと姿を消したまま再び相見えることもないということは不思議なことである〉(「人生のチャンス」)
確かにこうしたことは、ある。さあ、どう振る舞うか。
〈このような忠告者にめぐりあうことこそ、容易に得難い人生のチャンスではあるまいか〉(同前)
耳に痛い叱責を、〈人生のチャンス〉と捉える。なるほど、こうした傲慢ではない態度だからこそ、周囲に対しても温かい眼差しを向けられるのだろう。氏にとっては、叱咤してくれるのは、人だけではなく、本もそうだったはずで、いわば氏のとっての出会いとは、すべて、〈人生のチャンス〉なのであった。
古書のニオイに恍惚となってる場合じゃありませんね。
〈私の平凡な人生にも、さまざまの人と交渉があった。傲りたかぶり、得意がり、そして幸福らしく見えたものも多かったが、いまふりかえって見ると彼等は必ずしも、そう羨むべき一生は送っていなかったことがわかる〉(「死に急ぐなかれ」)
氏のような本質を見分ける目を持てば、叱責は金言となり、不運も幸福に転ずる、ということなのでしょう。
ジャンル | 随筆/紀行 |
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発表年 ・ 舞台 | 1941~1982年/日本 |
読後に一言 | 私はよくイライラしてしまうのですが、知識と教養に裏打ちされた前嶋氏のようなスタンスであれば、イライラもしないのではないか、と自省しました。 |
効用 | 書物と旅――がテーマですが、ジャンルは多岐にわたります。その幅広さこそ、氏ならでは、なのでしょう。 |
印象深い一節 ・ 名言 | ……暗い人生の終末をかなり沢山見て来たが、生きていれば、また明るい日も来たのではないかと思う。世間によって殺されるのではなくて、たいていは、自分が自分を殺していくのである。(「死に急ぐなかれ」) |
類書 | 読書をめぐるエッセイ、その1『閑板 書国巡礼記』(東洋文庫639) 読書をめぐるエッセイ、その2『魯庵随筆 読書放浪』(東洋文庫 603) |
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