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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 239

『唐詩三百首 1』(蘅塘(こうとう)退士編、目加田誠訳注)

2015/03/05
アイコン画像    李白vs杜甫の「酒」と「孤独」
唐詩の“言葉”をとくと味わう(1)

 言葉が軽い。一国のリーダーが、国会でヤジを飛ばす時代である。氏は「私の責任です」と何度も口にするが、一度も責任を取ったことがない。これは何も氏に責任があるのではない。いうなれば、現代社会の“言葉”が軽いのだ。リーダーの言動は、私たちを映す鏡なのだから。

 “言葉”をもう一度見直したい。

 ならば、日本人の先達が言葉のテキストにしていた『唐詩三百首』が相応しいのでは、と紐解いた。「世界文学大事典」(ジャパンナレッジ)によれば、唐詩が隆盛を誇った理由のひとつは、〈科挙における詩賦の採用〉だという。これは〈世界史的に見ても例外的な制度〉だそうだが、たしかに“詩作”で高級官僚の道が開けるというのは、不思議な制度だ。しかしこれによって、若者たちは詩作に熱中し、多くの詩人たちが世の中に出た。言葉に価値が置かれたからだろう。そして彼らの刻んだ言葉を、私たちは今でも口にする。言葉が軽ければ、このような残り方はしまい。

 唐詩の中でも、2大スターは、李白と杜甫であろう。1巻でも2人で30以上の詩が採用されている。〈「詩仙と詩聖」「飄逸と沈鬱」「奔放と誠実」など、古来、両者の詩風は、しばしば対比的な評語で語られてきた〉(同前)という2人は、そのまま唐詩を代表するといっていい。

 李白の“言葉”を「月下独酌」から取りだしてみよう。

 ある春の月夜、李白はひとり酒を飲んでいる。


 〈杯を挙げて明月を邀(むか)え/影に対して三人と成る〉


 月と我が影と、そして自分。3人で酒を楽しもうという趣向だ。しかし月は酒を飲まぬし、影は喋らぬ。だが酔いつぶれるまで相手をしてくれよ、と李白は言う。


 〈我れ歌えば 月 徘徊し/我れ舞えば 影 零乱(れいらん)す〉


 月を相手に歌い、影と共に舞う。陽気に酔っているようで、じわじわと孤独が染み入る“言葉”の選び方だ。

 では杜甫の“言葉”はどうか?

 「衛八処士に贈る」より。杜甫は20年ぶりに故郷の旧友を訪ねる。酒を酌み交わす2人。


 〈一挙十觴(しょう)を累ねよと/十觴も亦酔わず〉


 一気に10杯飲んでくれと勧められるも、酔えない杜甫。杜甫は、〈茫茫〉たる(あてもない)世の中に思いを巡らす。友人と向き合うがゆえに、むしろ孤独が強調される。

 そうか。孤独と向き合うからこそ、“言葉”が重いのだ。現代社会は安易に「友達」で時間・空間を埋めるがゆえに、“言葉”が軽くなっているのかもしれない。

本を読む

『唐詩三百首 1』(蘅塘(こうとう)退士編、目加田誠訳注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/評論
編纂された時代 ・ 舞台18世紀中ごろ/中国
読後に一言ちなみに李白には、酔った挙げ句、水面に映る月を取ろうとして、船から落ちて溺死したという伝説があります。
効用今回は「盛唐」を取り上げましたが、2回目では「中唐」、3回目は「晩唐」を見ていきます。いざ、唐詩の世界へ!
印象深い一節

名言
会(かなら)ず須(すべか)らく一飲三百杯なるべし(李白「将進酒」)
類書江戸時代の唐詩選の解説書『唐詩選国字解(全3巻)』(東洋文庫405ほか)
明治時代の杜甫解読『杜詩講義(全4巻)』(東洋文庫564ほか)
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