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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 24

『中国笑話選 江戸小咄との交わり』(松枝茂夫、武藤禎夫編訳)

2010/11/04
アイコン画像    中国人にだってユーモアセンスはあるんです。
語り継がれた中国の笑い話500編を一挙公開。

 ひとりの男が文章をひねり出すのに唸っている。夜もおちおち眠れない。そこで妻が「文章を作るのは難しいんですね。まるでわたしがお産するときのようです」と慰める。すると男。「お産の方が、まだやさしいさ」と返す。「どうして?」と聞く妻に、男は一言。


 〈だってお前のは腹の中にあるものだが、おれのは腹の中にないものだ〉


 ……身につまされる話ではあるが、コレ、中国の笑い話のひとつ。本書『中国笑話選』は、編訳者が、後漢の『笑林』、明代の『笑府』を中心に、中国の笑話集から500編を集めた労作なのである。

 私はこれをつらつら読みながら、非常に感心した。何が?って中国のユーモア感覚に、である。解説によれば、〈中国笑話の起源は極めて早い〉そうで、〈二千数百年前の先秦時代の諸氏百家の書籍の中に散見している〉というから、ユーモア&ジョークにも年季が入っているということだ。

 ところが、最近の中国政府の会見をテレビで見ていると、報道官はニコリともしない。しかめっ面で相手を糾弾する映像ばかりである。で、糾弾されている側の日本も、真面目一本槍で、やはりニコリともしない。

 確かイギリスの研究だったと思うが、海で遭難した場合、ユーモア精神の有無が、生存率に関わるんだそうな。笑いが生きる希望を与え、生き残る確率をあげるのだ。

 そう思って世界を見渡すと、欧米の政治家たちはなんとユーモア精神にあふれていることか! 米国ではオバマが大統領に就任した際、「真面目すぎて、ジョークが少なくなるのでは?」と本気で心配されたほどで、情報発信にも、外交にも、ユーモアは不可欠だと考えている。

 そんなオバマ大統領でさえ、こんなジョークを飛ばす。

 就任半年後の夕食会のひとこま。

 「ヒラリーは(新型インフルエンザが流行する)メキシコ訪問から戻ってくるなり私に抱きついてキスをした」

 予備選で激戦を繰り広げたクリントン長官との“緊張関係”をこう揶揄ってみせたのである。

 さて日本の場合、ダジャレをいう政治家はたまにみかけるが、ユーモアのある答弁というとほとんど聞かない。

 本書は、中国は元より、日本にも影響を与えた笑い話だ。いわば両国共通の笑いのDNA。

 ここはどうだろう。「会談」、いや「懇談」だと角突き合わせる前に、日中首脳陣、ともに本書を読み、ユーモアを学んでみては?

本を読む

『中国笑話選 江戸小咄との交わり』(松枝茂夫、武藤禎夫編訳)
今週のカルテ
ジャンル説話/実用
時代 ・ 舞台中国
読後に一言エラい人ほど読んでほしい。
効用これも隣国のひとつの顔。「笑い」で片付くこともある。
印象深い一節

名言
ある生徒が先生に向って、「屎(くそ)という字はどう書きますか」と聞く。先生たまたま思いだせず、「たしかに口のところまで来てるが、ちょっと出かねる」
類書落語の元祖『醒睡笑 戦国の笑話』(東洋文庫31)
中国小説の祖『捜神記』(東洋文庫10)
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