1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「汝ひとりたすくべきにあらず」 お盆の習慣を生んだ釈迦のひと言 |
わが家には仏壇がない。線香といえば蚊取り線香だ。だからお盆だというのに、茄子の牛をつくることもない。
私が小さい頃は、「ご先祖さまが……」という言葉が力を持っていた。仏間に何枚も掛けられている遺影はどこか恐ろしく、自分のことを見ているような気がしたものだ。
残念ながら、小学生になるわが愚息は、「ご先祖さま」という言葉を聞くと、ポカンと口を開ける。「ご先祖さまが見てるよ」と警(いまし)めても、効力がないのである。
では、自分自身は? ということで、反省しつつ、「お盆」の意味を素直に感じてみたい。
平安中期の仏教説話集『三宝絵』に、お盆の説話が載っている。有名な話だが、今一度。
目連が、ある日、死んだ母の様子を覗こうと試みる。
目連は「目犍連」(もくけんれん)といい、〈釈迦の十大弟子の一人〉だ。〈神通(超自然的能力)に最も秀れていたといわれる〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。その目連が神通力で母の様子を見てみると……。
〈その母餓鬼の中に生(むま)れて飢ゑやせたることかぎりなし。皮と骨とつらなりたてり〉
目連は食事を与えようとするが、ご飯は燃え、炭となってしまう。目連は釈迦(仏)に相談する。
〈汝が母は罪をもし。汝ひとりたすくべきにあらず〉
罪深き母は、お前ひとりでは助けられない、と言う。その代わり、たくさんの供物をたくさんの僧に施せば救われる。で、そうしたところ、本当に救われたという話。お盆の発祥とされる話だ。
改めてこの話を読んだが、ポイントは、〈ひとりたすくべきにあらず〉にある、と勝手に解釈したい。
目連は釈迦の高弟で、しかも神通力を持つ人物だ。そんな高僧が母を救えない。「ひとりでは何もできないぜ」と釈迦からもダメ押しされる。困った彼に、釈迦は「施せ」と言う。
ひとりでできないなら仲間だ! ということじゃない。いわば、相手を選ばず、施し、供養せよ、ということだ。ひとりでは何もできないからこそ、周囲に感謝する。そういうことなんだろうと、ひとり合点した。
「ご先祖さまが見てるよ」という言葉が重かったのは、自分という存在が、自分だけで成り立っていないということを、子ども心に受けとめたからなのだろう。
年に1回、お盆の風習にどっぷりつかる。こういう習慣を前向きに享受したいものです。
ジャンル | 説話/宗教 |
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時代 ・ 舞台 | 平安中期の日本(984年成立) |
読後に一言 | 目連のエピソードは後世の作り話でしょうが、こうした話を作り出す「智慧」に感服します。 |
効用 | 『日本霊異記』(820年代成立)→『三宝絵』(980年代成立)→『今昔物語集』(1120年以降成立)、という流れで仏教説話集が成立します。その大きな流れの中で、本書を捉えるといいでしょう。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 蛇と成り虫と成らむと、生ける時は念(おも)はざらめど、家を貪(むさぼ)り形を貪りしかば、後の身にすなはち成りにき(序) |
類書 | 日本最古の仏教説話集『日本霊異記』(東洋文庫97) 仏教&世俗説話の集大成『今昔物語集(全10巻)』(東洋文庫80ほか) |
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