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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 644

『ペルシア王宮物語 ハレムに育った王女』(タージ・アッサルタネ著、田隅恒生訳)

2013/09/19
アイコン画像    時代に抗ったイランの王女の半生に、
希望を読み取るか、それとも諦観するか

 好むと好まざるとに関わらず、私たちは“時代の申し子”である。以前、特攻の生き残りの老人に話を聞いたことがあるが、共感できたかといえばそうではない。生きてきた時代のギャップが大きすぎるのだ。この“わたし”を形成しているのは、「戦争を知らない」という事実であり、高度成長であり、バブル体験であり、そこに五輪自国開催も加わるのだろう(憲法改正も加わったりして)。

 ここに、時代に翻弄されたというべき、イスラム女性の自伝がある。『ペルシア王宮物語』である。

 著者のタージ・アッサルタネは、ナーセル・アッディーン・シャー・カージャールの娘として生まれる。シャーは王、カージャールはイランの王朝名なので、タージは王女、ということになる。彼女が30歳の時、自身の人生について問われ、こう答えている。


 〈私の一生は難しい場面が一杯に詰まっていて、とても重く、一年かけて話し続けても終わりそうもありません〉


 タージはハレムに生を受け――ハレムは王の後宮であり、日本の大奥のようなものと考えてほしい――、やがて政略結婚で嫁いでいく。だが結婚生活の始まる直前に、父が暗殺される。嫁いだ先の旦那は、浮気三昧でしかも両刀遣い。やがて立憲革命(1906~1911年)の波に揉まれ、第一次大戦の始まった年に、回想録執筆を思い立つ。イラン中が混乱にあった時期に、彼女の人生がアップダウンの繰り返しであったことは想像に難くない。実際タージは、三度も自殺を試みる。混乱期に彼女の周囲に集まってきていた人たちも、彼女を利用するばかりだった。そんな人間たちを、タージはこんなふうに切り取る。


 〈彼らは、何が欲しかったのでしょう――利得です。誰も彼もが何かを期待していました〉


 結婚も破綻し、人心も荒んだイランで、タージはどうやって立ち上がったのか。それは学問であった。フランス語を学ぶことで、彼女は時代に抗う武器を身につけるのである。やがて女性解放の象徴的な存在になっていく。タージはしかし、時代に勝ったといえるのだろうか? 残念ながら彼女の口から、その後の半生はうかがい知れない。だが、本書――時代に翻弄された女性の一生は、この一節(編集後記)で幕を閉じる。


 〈タージの晩年が、苦難に満ちたものだったことは間違いない。彼女は、一九三六年二月に、肥満した、貧しい一人の女としてテヘランで死亡した〉

本を読む

『ペルシア王宮物語 ハレムに育った王女』(タージ・アッサルタネ著、田隅恒生訳)
今週のカルテ
ジャンル伝記
時代 ・ 舞台19世紀後半から20世紀初頭のイラン
読後に一言時代に抗うのは並大抵のことではありません。ですがタージはそれでも幸福であったと、私は信じたい。
効用国が変わろうとしている時に(しかも嫌な方向で)、どう振る舞うか。私たちはその準備をしておかなければならないのかもしれません。
印象深い一節

名言
人は食べ、眠り、愉快に過ごし、喜びを分かちあい、そして自由に生きるべく創られている。
類書ペルシャ(イラン)のハレムの様子がわかる『七王妃物語』(東洋文庫191)
19世紀初めのイランを舞台にした小説『ハジババの冒険』(東洋文庫434、436)
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