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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 203

『おんな二代の記』(山川菊栄著)

2013/09/05
アイコン画像    古くて新しい少子化問題
大正時代から本質に変化なし!?

 「出産手帳」を配ろうと考えてみたり、不妊治療の公費助成対象を42歳までとする年齢制限をしてみたり、このところ目に見えて、“産まない”女性に対する締め付けが厳しくなっている。これじゃまるで戦前の「産めよ殖やせよ」だ。で、目玉の政策が「3年間抱っこし放題!」(3年育休)って、つまり女性は3年間、子育てしてろってことですよね? かと思うと、「女性の活躍は成長戦略の中核」と言い、経済成長まで担わせる。

 何でもかんでも女性に背負わせて、お前はマザコンか! とひとりツッコんでおりますが、このご時世では私のほうが少数派なのでしょう。

 えー、本題です。以下をお読みください。


(1)〈どんな貧しい母にも国費で安全な産院を利用させる〉

(2)〈仕事をもつ母、病気の母のために完備した保育所を全国くまなく設ける〉

(3)〈(女性に)職業による経済的独立の機会を保障する〉

(4)〈社会保障制度によって母子の生活を守る〉


 どれもこれも「その通り!」だと思いませんか? しかもどれもこれも実現されていない。

 ではこの提言、いつ誰によってなされたかというと、現代の少子化社会対策会議などではなく、山川菊栄が大正時代を振り返って、『おんな二代の記』(1956年刊行)の中で述べたことだ。

 山川菊栄とは、〈大正・昭和時代の婦人運動家〉で、〈第二次世界大戦後労働省婦人少年局の設置にあたり初代局長〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)となった女性だ。彼女が一躍名を揚げたのは、「青鞜」の平塚らいてうと歌人・与謝野晶子の「母性保護論争」への参加だった。(4)を主張するらいてうと(3)を主張する晶子に対し、2つの意見は対立しない、必要なのは社会の変革だと訴えた。

 旦那は社会主義者の山川均だし、本人も運動家だ。ガチガチの左翼かというと、この母と自分、2代の人生を振り返った自伝的エッセイからは、そんな思想めいたものは感じない。女性として、社会人として、母として、恥じずに生きてきた人間の一生が、公平な視点から描かれている。気持ちよい読後感があるのは、自慢も自己陶酔も描かれていないからだろう。

 山川菊栄の文章の中に、私は先駆性を見る。でもいまなお、山川が先駆的な位置に留まっているということが、悲しい現実なのかもしれない。

本を読む

『おんな二代の記』(山川菊栄著)
今週のカルテ
ジャンル伝記/随筆
時代 ・ 舞台明治から戦後の日本
読後に一言「母性保護論争」もいまだに解決していないんですよねぇ。
効用男性の視点からではなく、生活の中から見た歴史が見えてきます。
印象深い一節

名言
この本をごらんくださる方には、人類の黄金時代は、過去にはなく、未来にしかありえないこと、それを現実のものとするための闘いの途上、私たちの同志先輩がどんな犠牲をはらい、どんな過ちをおかしたかをいくぶん知って頂けるでしょう。(あとがき)
類書同時代を生きたマルクス主義者・戸坂潤の論文とエッセイ『思想と風俗』(東洋文庫697)
新聞記事をもとに世相を分析『明治大正史 世相篇』(東洋文庫105)
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