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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『アラビアン・ナイト 別巻、13~15』(前嶋信次訳、池田修訳)

2013/06/27
アイコン画像    偉業を“引き継ぐ”ということの重み。
半年でアラビアン・ナイトを読み切る(5)

 これまでアラビアン・ナイト12巻まで終えたので、次は13~15巻なのだが、一緒に「別巻」を取り上げたい。

 別巻には、全18巻の定本とは別のアラビア語原典からわざわざ翻訳された2編(「アラジンと魔法のランプ」と「アリババ」)が収められているのだが、実はこの別巻をもって前嶋訳は終わる。なぜか。その答えは、別巻冒頭に記されている。


 〈本書の訳者前嶋信次先生は、本文御脱稿後、一九八三年六月三日、長逝されました〉

 1966年7月に第1巻が訳出されてから15年以上にわたって続けられてきた翻訳作業も、本人の死をもって閉じてしまったのである。無念いかばかりか。

 だが、今もなお、前嶋訳のアラビアン・ナイトは輝きを放っている。それは“完訳”されているからだ。とすれば、あとを継いで訳を完成させた池田修氏(大阪外国語大学名誉教授)の功績も大きい、ということになる。

 だって、偉業を引き継ぐんですよ? 自分なら……と考えたら尻込みしてしまうだろう。尻ぬぐい程度ならできても、偉業を引き継ぐには覚悟がいる。

 池田氏が最初に訳した13巻には、「クンダミル王の子アジーブとガリーブの物語」という長編が登場するが、これは、西洋の訳者が「退屈」と評したり、翻訳から外したりすることもあるいわく付きの物語。しかも、〈人物名で、前後の関係から明らかに間違って語られているものもあった〉(あとがき)というから、難題だ。これを氏はいかに訳したか。この物語に登場する食人鬼サアダーンの口上。


 〈偶像崇拝者ども。今日こそは出て来て立ち合え。今日こそは粉砕の日ぞ。わしを知るやつは、わしに充分痛い目に会ったはずだ。だが、わしをまだ知らぬやつには、自ら目にもの見せてくれようぞ。わしはカリーブ王の下僕サアダーンなるぞ。誰か一騎打ちする者はいないか〉


 どうです? 臨場感あふれる感じじゃありませんか? 確かに骨の折れる長さでしたが、決して退屈な物語ではありませんでした。訳者の腕でしょう。

 日本人は「伝統」という言葉が大好きで、やたらこの言葉をありがたがるけれど、その裏には、必ず、名も無き職人の「引き継ぐ覚悟」があったはずだ。これがなければ、伝統は失われ朽ちていく。

 「アラビアン・ナイト」の翻訳作業は、そうしたもののひとつなのだ。その成果を享受できることに感謝したい。

本を読む

『アラビアン・ナイト 別巻、13~15』(前嶋信次訳、池田修訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台中世のアラビア(イラン、イラク、エジプト、シリアなど)
読後に一言これまで前嶋信次氏の仕事を翻訳を通じて追ってきただけに、前嶋氏逝去の一文にはうるっときました。
効用別巻の「アラジンと魔法のランプ」と「アリババ」、知っている物語の原典を読む作業は面白いものです。
印象深い一節

名言
有名な「開けゴマ!」のシーン、〈おいシムシム(胡麻)、お前の門をあけろ!〉(別巻「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」)
類書前嶋信次の“出会い”にまつわるエッセイ『書物と旅 東西往還 前嶋信次著作選4』(東洋文庫684)
前嶋信次の「アラビアン・ナイト」論『千夜一夜物語と中東文化 前嶋信次著作選1』(東洋文庫669)
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