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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 405|406|407

『唐詩選国字解1~3』(服部南郭述、日野龍夫校注)

2013/04/04
アイコン画像    花見――それはひとつ年をとった証拠?
江戸のベストセラーで唐詩を味わう

 〈今年(こんねん)の花は去年の好(よ)きに似たり

  去年の人は今年に到って老(お)ゆ

  始めて知る 人老いて花に如(し)かざることを

  惜しむべき落花 君掃(はら)ふことなかれ〉


 作者(岑参)は、知り合いの家の桜(?)の木の下での花見に招待されている。その花を称え、老いる自分と対比させる。『唐詩選国字解』で見つけた「韋員外(いえんがい)が家の花樹の歌」の前半部分である。

 いいですな、この詩。桜を見るたびに、ひとつ年をとったと感じ、それと比して、変わらぬ桜を愛でる。我が家の裏庭の小さな桜はすでに散ってしまったが、こうやって年月は刻まれていくのである。

 『唐詩選国字解』は、江戸時代のベストセラーである。荻生徂徠が、〈詩は盛唐をもって規範とすべきだ〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」、「唐詩選」の項)と唱えたのを受け、弟子の服部南郭(本書著者)が口述したのが本書だ。ちなみに上の詩は、こう講釈される。


 〈先づ初めに、花をほめたて、花ほどよいものはない。今年も去年と同じ通り見事に咲くが、花には似ず、去年の若い人は今年は婆(ばば)になる〉


 口述だけに何とも軽い調子で、リズムがいい。

 しかし本書、調べてみたらいわく付きだった。何せ冒頭の「解説」で、〈本書は、今日の中国文学研究の水準からすれば、はなはだ不十分な、誤りの多い注釈書なのである〉と断定される。しかも、もととなった中国の『唐詩選』自体がクセモノで、〈偽託の書であり、詩の選択にも偏向があって、問題の多い書〉(同「世界文学大事典」)と低評価。どうやら、先行する選書をパクって再編集したものらしいのだ。唐詩選というのに白居易も載っていないのだから、〈偏向〉と断定されるのも無理はない。だが一方で、〈日本では江戸期の大流行の余波が今日まで及び、今なお多くの読者をもつ〉(同前)という。

 『唐詩選国字解』に話を戻そう。本書のアヤシサを棚に上げ、「面白いかどうか」を問われれば、私は迷わずYesと言う。だって、〈今年は婆になる〉なんて、切れ味鋭いじゃないですか。江戸時代の人もだからこそ、こぞって読んだのだろう。

 「日本国語大辞典」には「初出」が載っているのをご存じだろうが、数えてみたら、『唐詩選国字解』を初出にする言葉は「片方(かたほう)」や「食客」など、何と50もあった。本書から新しい言葉が広まっていったのだろうか。

本を読む

『唐詩選国字解1~3』(服部南郭述、日野龍夫校注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/評論
時代 ・ 舞台唐時代の中国(1700年代後半の日本)
読後に一言「である」の文体なども登場し、いわゆる言文一致体の萌芽をここに見ました。
効用杜甫や李白だけでなく、計128人、合計465首の唐詩を、小気味いい講釈と一緒に味わうことが出来ます。
印象深い一節

名言
(李白は)子美(杜甫)に続いて上手なれども、子美よりは劣りたる処(ところ)がある。ここらが文の妙処と云ふものぢゃ。(唐詩選序)
類書中国では『唐詩選』以上の評価『唐詩三百首(全3巻)』(東洋文庫239ほか)
『唐詩選』にはなぜか載っていない白楽天の詩集『白居易詩鈔 附・中国古詩鈔』(東洋文庫52)
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