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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 520

『琴棊書画』(青木正児(まさる)著)

2012/11/08
アイコン画像    “好き”という感情が生活を豊かにする!
中国研究者の“愛”溢れるエッセイ集。

 第三極の結集だと政治家たちはかしましいが、そのキーマンである某大物政治家が、某党首との連携を「死んでも嫌だ」と言っているので非常に驚いた。原発も消費税も意見相違は「小異」だとのたまうのに、好き嫌いは絶対らしい。つまり「嫌悪感」がこれからの政治を動かす、と宣言しているに等しい。これって、いいんですかね?

 日常生活でもそうだけど、「嫌い」という感情はブーメランのように跳ね返ってくる。「嫌う」という負のエネルギーが我が身を焦がすのだ。隣国の指導者は「反日」で自国民をまとめようとするし、某大物政治家も嫌中でも有名な人であった。いやはや。

 「嫌い」の感情が溢れる世の中を生きていると、こっちまで悪感情に蝕まれていく。そんなとき私は、「好き」の溢れた書物を読んで、バランスを取るようにしている。


 格好の書がある。青木正児の『琴棊書画(きんきしょが)』である。以前、『中華名物考』を取り上げたことがあるが、このお方、中国への愛情が半端ではない。日本に文化をもたらした隣国を評価し、中国の文化を愛する。

 例えば、「白楽天の朝酒の詩」というエッセイ。

 酒好きの著者はある日、〈兄嫁の父なる人〉から、〈あんたは酒がお好きのようじゃが、朝酒を飲んで御覧うじい〉と勧められる。著者は、晩酌では味わえぬ〈一種の快感〉だと朝酒にはまっていくのだが、ここでひょいと、中国が登場する。


 〈中華では朝酒のことを「卯酒」と謂う。卯酒とは卯時すなわち午前六時頃に飲む酒という意味である〉


 さらに「卯酒」の代表として、卯酒の詩を読んだ白居易(白楽天)を持ち出してくる。


 〈一杯手のひらにのせて/三口呑んで腹に這入るや/ぬくぬくと春は腸を貫く如く/ぽかぽかと日に背を炙るようだ〉


 こんな朝酒を詠んだ詩の世界に、素直に感嘆する。

 しかしある時、またしても「卯酒」をたしなんでいると、旧友が急遽、やってきた。朝から酔っているのだからこれは非常に恥ずかしい。著者はひと言。


 〈これに懲りて、私はもう当分卯酒の渇望は断念することにした。ただひそかに楽天の風雅を忍んでいささか自ら慰めている次第である〉


 中国の文化を日常生活で愛でている様子がよくわかる。こういう「愛」は、読者をも幸せにしてくれる。

本を読む

『琴棊書画』(青木正児(まさる)著)
今週のカルテ
ジャンル随筆/フード
成立した時代・舞台中国・日本/1958年刊行
読後に一言中国の食談義も、味わい深かったなあ。
効用何より名文です。ここにあるのは、教養に裏打ちされた「落ち着き」かもしれません。
印象深い一節

名言
およそ学にたずさわり、文筆を好む者は著述をしてみたく、すでに述作あれば人に見せたい、刊行したいのは人情である。しかしいざ世に出すとなると、内は自尊心に制せられ、外は本屋の算盤玉にはじかれて、ままにならぬが浮世の習い。(書抄(かきぬき))
類書同著者の旅行エッセイ『江南春』(東洋文庫217)
同著者の蘊蓄エッセイ『中華名物考』(東洋文庫479)
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